あなたの工場のディスペンサは大丈夫?粘度不良を見抜くセルフチェック術

あなたの工場のディスペンサ、今日の不良率を即答できますか?

「今日の液は、なんだか硬いな」。
熟練の担当者がそう呟き、ディスペンサの圧力を少しだけ調整する。
多くの製造現場で、当たり前のように繰り返されている光景かもしれません。

その「勘」は、長年の経験に裏打ちされた貴重な財産です。
しかし、同時にそれは極めて属人化された、再現性のないブラックボックスでもあります。

はじめまして。
株式会社Synapse Fluid代表の篠原 未來(しのはら みく)です。
私はこれまで、AI技術を用いて数々の工場の「塗布」工程をデータ化し、品質を安定させるご支援をしてきました。

この記事でお伝えするのは、難しい理論ではありません。
明日から誰でもあなたの現場で実践できる、データに基づいた具体的なセルフチェック術です。

この記事を読み終える頃には、あなたの工場から「なんとなく」を追放し、品質安定に向けた確かな一歩を踏み出すための、具体的な武器が手に入っていることをお約束します。

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なぜ、ディスペンサの「粘度」トラブルは見過ごされやすいのか?

そもそも、なぜディスペンサの粘度管理はこれほどまでに曖昧なまま放置されがちなのでしょうか。
その根源は、現場に深く根付いた2つの「常識」にあります。

問題の根源は「なんとなく」の微調整

「いつもと違う」と感じた時に、その都度パラメータを微調整する。
一見、問題を解決しているように見えるこの行為こそが、実は根本原因の特定を妨げる最大の要因です。

その場しのぎの対応は、問題を先送りしているに過ぎません。
その「微調整」に費やされる時間は、年間で計算すると何時間、何十時間の損失になっているか、計算したことはありますか?

根本原因に蓋をし続ける行為は、ボディブローのように工場の生産性を蝕んでいくのです。

職人技という名のブラックボックス

「この調整は、Aさんにしかできない」。
特定の個人のスキルに依存した状態は、技術継承の観点から見て非常に深刻なリスクを抱えています。

その方が退職してしまったら、そのノウハウは永遠に失われてしまうかもしれません。
この属人化こそが、生産ライン全体の改善スピードを著しく低下させる「ボトルネック」になっているのです。

変化の激しい時代において、この非効率は、もはや罪ですらあります。

データで暴く!現場でできる粘度不良の3つのサイン

では、どうすればこのブラックボックスに光を当て、問題を可視化できるのでしょうか。
答えはシンプルです。
「記録すること」から始めましょう。

ここでは、誰でも簡単に始められる3つのチェック方法をご紹介します。

サイン1:吐出量の「バラつき」を数値で捉える

最初のステップは、吐出量が安定しているかを客観的な数値で把握することです。
やり方は驚くほど簡単。

時間を決めて、ディスペンサから吐出された液剤の重量を電子天秤などで測定し、記録するだけです。
例えば、「毎朝9時に10回」「1時間ごとに5回」といったルールを決めて計測します。

重要なのは、平均値だけを見るのではなく、その「バラつき(標準偏差)」に注目すること。
昨日まで安定していた数値が急にばらつき始めたとしたら、それは液体の粘度変化や装置の異常を示唆する、極めて重要なサインです。

サイン2:塗布形状の「変化」を見逃さない

次に注目すべきは、実際に塗布された液剤の「形状」です。
これも、スマートフォンで撮影して記録するだけで、立派なデータになります。

特に、以下の変化は粘度不良の典型的なサインです。

  • 糸引き・カスレ: 粘度が高すぎる可能性があります。液温が低い、あるいは液剤そのものが劣化しているのかもしれません。
  • 液だれ・はみ出し: 粘度が低すぎるサインです。室温や液温が高い、または材料のロットが変わった影響が考えられます。

これらの現象を写真に撮り、「発生日時」「温度」「湿度」「材料ロット」といった情報と紐づけて記録することで、不良発生のパターンが見えてきます。

サイン3:装置パラメータの「調整頻度」を記録する

最後に、ディスペンサの設定を「いつ、誰が、何を、どれだけ」変更したか、すべて記録しましょう。
専用のシステムがなくても、ホワイトボードやノートへの記録で構いません。

この調整ログは、トラブルの原因を特定するための強力なデータベースとなります。
「特定の作業者が担当する時だけ調整頻度が高い」「月曜の朝イチに必ず調整が入る」といった傾向が見えてくれば、対策の精度は格段に向上します。

「匠の技」をDXする、次の一手

ここまでご紹介した3つのサインを記録するだけでも、現場は大きく変わるはずです。
しかし、私たちの目的は、その先、持続的な改善サイクルを生み出すことにあります。

データは嘘をつかない。問題は私たちがどう読むか

実は、私には手痛い失敗談があります。
独立して間もない頃、完璧なAIアルゴリズムを構築した自信から、ある工場の導入プロジェクトでこう断言しました。
「データが絶対です。この通りにやれば問題ありません」と。

しかし、結果は惨憺たるものでした。
現場の微妙な温度・湿度の変化や、作業員の操作の癖といった「数値化しにくいノイズ」を軽視したため、AIが誤作動を連発。
最終的に、ベテランの工員さんから「お嬢ちゃんのオモチャは役に立んな」と突き放されてしまいました。

この手痛い失敗から、私は「優れたテクノロジーは、現場への深い敬意と理解があって初めて機能する」という事実を痛感したのです。
データは嘘をつきませんが、データだけでは見えない現実が現場には必ず存在します。
収集したデータと、現場での観察。この両輪があって初めて、真の問題解決が可能になるのです。

AIが「職人の目」を超える日

あなたが今日から記録を始めるその一つひとつのデータは、未来の工場への貴重な投資です。

なぜなら、蓄積された「吐出量のバラつき」「塗布形状の写真」「調整ログ」といったデータは、熟練工の「いつもと違う」という感覚をAIに学習させるための、最高の「教師データ」になるからです。

このデータがある時、AIは人間の目では捉えきれない微細な変化を検知し、トラブルが発生する前に警告を発する「予知保全(アノマリー検知)」を実現します。
これこそが、私が目指すスマートファクトリーの入り口です。

まとめ:最初の一歩を、今日から踏み出そう

今回の要点を、改めて整理します。

  • 「なんとなく」の微調整が、問題の根本原因を隠してしまう。
  • 「吐出量のバラつき」「塗布形状の変化」「調整頻度」の3つのサインをデータとして記録する。
  • データと現場観察の両輪で、問題解決のサイクルを回すことが重要。

難しく考える必要はありません。
まずは、来週月曜、あなたの担当ディスペンサの吐出重量を1時間ごとに10回計測し、そのバラつきを記録することから始めてみませんか?

その小さな一歩が、あなたの工場を未来へ進める、大きな推進力になるはずです。

「なんとなく」を、今日で終わりにしましょう。

最終更新日 2025年9月18日